70歳時より2型糖尿病と診断され、他院にてインスリン強化療法中(一日4回打ち)。71歳時に前立腺癌手術、72歳時に慢性膵炎・膵石に対して膵管空腸吻合術施行。入院中は一時的に血糖コントロールが改善したためインスリンが減量されたが、退院後に増悪し全身倦怠感が強く来院。随時血糖602 mg/dl、HbA1c 12.0%、尿ケトン(+)のため入院。ケトアシドーシスは、輸液とインスリンで改善し退院。外来通院中、インスリン量の調節を行うも血糖コントロール不良でHbA1cは8.0~10.0%を前後していた。その原因が、自己判断によるインスリン注射の未実施と判明し、家族の介入でそれらを改善することにより、良好な血糖コントロールを得られた例である。
〈一般身体所見〉
意識清明、全身倦怠感著明。身長159cm、体重48kg、Body mass index (BMI) 19.0kg/m2。胸部に理学的異常所見なし。腹部に手術創あり。
〈血液検査〉
T-Cho 152mg/dl, TG 124mg/dl, HDL-C 60mg/dl, UA 6.6g/dl, BUN 31.0mg/dl, Cr 1.0mg/dl, 随時血糖602mg/dl, HbA1c 12.0% (JDS), 抗GAD抗体2.6U/ml.
〈尿検査〉
尿糖(4+), 尿蛋白(-), 尿ケトン(-), 尿中Cペプチド(CPR) 1.7μg/day.
〈画像検査〉
腹部CT:主膵管拡張、膵実質に石灰化散在
【退院時インスリン】
インスリンデテミル(レベミルⓇ)12単位 夜(後に増量)
インスリンアスパルト(ノボラピッドⓇ)8単位-8単位-8単位 毎食前(後に増量)
糖尿病:前医で2型糖尿病と診断されていたが、以前から慢性膵炎があったことから膵性糖尿病の可能性がある。抗GAD抗体の値より1型糖尿病の可能性もある。いずれにしても内因性インスリン分泌が著しく低いため、インスリン治療の適応と考えられる。
合併症の診断:糖尿病罹還暦は約9年で、糖尿病腎症なし、神経症あり、網膜症は不明。心血管系合併症は、陳旧性脳梗塞、無症候性心筋虚血(3枝病変あり3枝に冠動脈形成術、ステント挿入歴あり)、下肢閉塞性動脈硬化症あり。
血糖コントロール悪化の要因:内因性インスリン分泌能は低いものの、入院中は病院食で血糖コントロールが改善する。外来通院中は、HbA1c 6.0%台と非常に良いときもあれば、10%以上に容易に悪化し変動が顕著であった。そのため、持効型インスリンをインスリンデテミル(レベミルⓇ)からより長時間作用するデグルデク(トレシーバⓇ)に変更したが改善は乏しかった。インスリンは打っているという話だったため、増量することで対応していた。
しかし、詳細な問診の結果、自己血糖測定値を見て(特に超即効型インスリンを)自己判断でかなり間引いていたことが後に判明した。
本人任せだったインスリン管理を家族にも介入してもらい、定期的に固定用量を打つことで、インスリン量が半減した上にHbA1cは6.0%台に安定した。
本例は、高血糖によるケトアシドーシスの既往があるため、それを回避する程度の血糖コントロールは必要である。しかし、心血管系合併症がある二次予防例のため過度な強化療法は心血管死、全死亡を増加させる可能性があり、低血糖を起こさない程度のやや高めの血糖コントロールが理想と考えられる。
日本糖尿病学会・日本老年医学会合同委員会による高齢者糖尿病の血糖コントロール目標(2016年5月)では、重症低血糖が危惧される薬剤(インスリン製剤、SU薬、グリニド薬など)の使用している場合の下限値が設定された。
【高齢者2型糖尿病の高齢者総合的機能評価(CGA)】
高齢者では、疾患の治療のみならず、その後に自己管理が行えるかが予後を左右する重要な問題である。2型糖尿病では、本例のように、高齢者であっても内因性インスリン分泌が低い例ではインスリン注射を必要とする場合がある。日本老年医学会が提唱する高齢者総合的機能評価(CGA)を糖尿病患者にも応用し、家族のサポート面も含めて事前に評価しておくことが重要である(表)。患者本人あるいは家族にインスリン注射を継続可能にするには、使用するインスリンの種類、注射回数を可能な限り簡素化することが重要で、基礎インスリン以外は経口薬(DPP-4阻害薬、α-グルコシダーゼ阻害薬など)を併用する、あるいは週1回のGLP-1受容体作動薬などの使用も考慮する必要がある。