87歳家族と同居中の女性。要介護1。10年ほど前から高血圧と心房細動があり、1か月前まで肺炎に伴う心不全で入院していた。退院後は自宅近くのクリニックに通院していたが、1月中旬から息切れが出現し、歩行困難となって、心不全の疑いで当院に救急搬送となった。
〈一般身体所見〉
中肉中背小柄、意識はやや混迷、体温36.5℃、血圧167/132mmHg, 心拍数126/分・不整、SpO2(酸素飽和度) 86%、喀痰軽度あり。咳なし。
胸部雑音なし、肺ラ音 両肺にあり。下腿浮腫軽度。
〈血液検査〉
炎症反応上昇なし。軽度腎機能低下あり。HbA1c6.2%で糖尿病なし。BNP 1700.
〈画像検査〉
心電図: 心房細動、心拍数120、V1-4(前胸部誘導)でQ波あり
胸部X線: 心拡大あり、両肺うっ血あり、胸水貯留軽度
心臓超音波検査: 左室肥大あり、駆出率40%に低下、前壁中隔無収縮、大きな弁膜症なし
〈認知機能検査〉心不全改善後に施行
HDS-R 22(長谷川式簡易知能評価スケール 満点30)
安静時の呼吸苦、肺ラ音と下腿浮腫を認め、酸素化低下およびBNP上昇があり、うっ血性心不全と診断した。2か月前と比べ、心電図は前胸部誘導でQ波が出現しており、心臓超音波検査では、前壁中隔の無収縮を認め、この2か月で無症候性前壁梗塞を発症したと考えられた。
安静、酸素、減塩食、利尿剤で心不全治療を開始した。速やかに呼吸困難は改善して7日後には酸素投与も終了できた。心臓CTを施行すると、冠動脈の左前下行枝の近位部に石灰化を伴った高度狭窄を認めた。心電図や心臓超音波所見を合わせると、心筋梗塞をおこした後に再灌流(再開通)したものと考えられた。通常はカテーテル治療の適応となるが、認知症があり治療中の安静維持が困難だと考えられ、家族とも相談の上、内服治療の方針となった。
また、長期臥床により下肢筋力の低下を認めたため、リハビリテーションを介入した。
【無症候性心筋虚血とそれに伴う心不全に対する高齢者の治療経過の総括と解説】
高齢者の虚血性心疾患(狭心症、心筋梗塞)は、ADLおよび活動量の低下に伴い自覚症状が出現しにくいため、無症候性に進行することが多くみられる。通常はカテーテル治療の適応となる病変も、高齢になると治療の合併症発生率が高くなり、また治療中の安静困難のため、カテーテル治療を行わずに内服のみの治療を選択することも多い。
安定狭心症患者に対してカテーテル治療と薬物治療を比較する研究では、心不全や死亡率などの予後に有意差はなく、適切な内服加療およびリハビリテーションの重要性が言われている。特に高齢者では、急性心筋梗塞など緊急性の高い場合を除き、安定狭心症に対しては、適切な内服と心臓リハビリテーションが重要になってくると考えられる。
糖尿病、高血圧、喫煙は虚血性心疾患の危険因子であるため、早期からその予防に努めることが重要である。
心筋梗塞後の心不全の治療は、(谷地コメント)
1.安静にして体内のカテコラミン放出をおさえる。
2.内服(β阻害薬、ACE阻害薬)等の薬剤で「心筋を休ませる=補強する」こと。
15年前までは、ドブタミンやジキタリスなどの強心剤を使う治療が主流でβブロッカーは禁忌の時代でした。私が研修医になった14年前にアーチストが心不全治療薬として日本で認可されそれまでの方向と大きく流れが変わりました。それ以来、弱った心臓はたたいて動かすのではなく、休ませて回復させる方向に進んでいます。