副鼻腔真菌症には骨を破壊し周辺組織に浸潤する侵襲性副鼻腔真菌症と、周囲組織に浸潤しない非侵襲性副鼻腔真菌症に大別される。侵襲性副鼻腔真菌症は免疫能の低下した日和見患者に比較的多く見られ、眼窩や頭蓋内に浸潤し視機能障害や頭蓋内合併症により致命的となることもまれではない。大部分が非侵襲性であるが、投薬治療では改善が乏しく内視鏡下副鼻腔手術による真菌塊の除去と洞内の換気が重要となる。原因真菌はアスペルギルスが最も多いとされている。真菌症のほかのタイプに真菌に対するアレルギーによって発症するアレルギー性真菌性副鼻腔炎も存在する。一側性に発症することが多い点は本症例と合致するが、真菌に対する特異的IgEが陽性となり、鼻汁中に好酸球浸潤を認める点が本症例と異なる。本症例は非侵襲性副鼻腔真菌症と判断し、全身麻酔下に内視鏡下鼻副鼻腔手術を行った。CT画像どおり右上顎洞内に真菌塊を認め除去した。真菌塊からはアスペルギルスが同定され、アスペルギルスによる副鼻腔真菌症と確定した。術後の経過は良好で再発なく外来経過観察中である。
身長:162cm 体重:45kg 血中酸素飽和度:96%(O2 4リットル使用)
血圧: 138/72 mmHg 脈拍: 72/min. 体温: 37.2℃
意識レベル: 正常
・車いす座位は十分に保てるも、起立、歩行には介助を要した。認知レベルには問題を認めず。会話は、ほぼ湿声であり、強く咳嗽させると(消失するものの、しばらくすると湿声に戻る状態であった。
(耳鼻咽喉科所見)
口腔内所見: 器質性病変なし。舌の運動性は突出がやや弱い。発声時の軟口蓋の運動性に問題を認めず。
鼻咽腔、喉頭内視鏡所見:
・上咽頭所見: 器質性病変なし。鼻咽腔閉鎖に問題を認めず。
・中・下咽頭・喉頭所見:器質性病変なし。発声時の声帯の運動性に問題を認めず。呼吸はやや努力性であり、喉頭の上下運動が著明であった。下咽頭梨状態陥凹に唾液貯留を著明に認めた。一部は喉頭内に侵入し、検査中も咳嗽を起こす状態であった。唾液嚥下を促すと、嚥下反射を認めるものの、咽頭収縮が弱く、唾液貯留は少量の減少を認めるのみであった。
頸部所見: 器質性病変なし。両側ともに胸鎖乳突筋の後縁で著明な筋緊張を認めた。
(血液学的検査所見)
WBC 14920 /mm3 CRP 13.03 mg/dl TP 6.1 g/dl Alb 2.8 g/dl
肝機能、腎機能に異常所見を認めず。
(胸部CT検査所見)
右下肺野を中心に浸潤影を認めた。両側下肺野には胸水を疑わせる陰影を認めた。
(上部消化管内視鏡検査)
食道、胃、十二指腸に、通過障害を認めず。
嚥下障害の要因としては、肺炎による呼吸機能の低下やADLの低下に伴い、頸部の筋緊張の亢進をきたしていたことが、咽頭・喉頭の運動性を低下させたことが最も考えられた。
呼吸器内科による肺炎の治療の継続と並行して、理学療法士に対して、ADLの改善を目的とした起立訓練や、喀痰の排泄能の改善を目的とした肺理学療法を依頼し、さらに、言語聴覚士に対して、頸部のリラクゼーションを中心とした摂食嚥下機能療法(間接訓練)を依頼した。その間は禁飲食とし、経鼻胃管により栄養は投与とした。
徐々に下咽頭へ貯留する唾液の量は減少し、訓練開始から3週間経過したところで、着色水の嚥下を観察する嚥下内視鏡検査、および造影剤の嚥下により、口腔・咽喉頭の通過状態を観察する嚥下造影検査を施行したところ、十分ではないが、一口量を制限すれば安全に嚥下できる程度に改善をきたしたため、ペースト食から経口摂取を開始した。その後も訓練は継続し、嚥下機能は徐々に改善を認めたため、1か月後には常食摂取可能となった。
嚥下障害は、高齢者での発症が多く、その原因は、呼吸機能の低下や姿勢の不安定さなどといった、全身状態に起因して発症することが大半であるためである。本症例では、元々ADLが低下しているところに肺炎をきたし、それにより呼吸機能の低下に至ったことが嚥下障害の原因になっていたと考える。肺炎の治療後に経口摂取を開始したら再度誤嚥したなどといった経過をよく耳にするが、これは炎症が改善したのみであって呼吸機能が改善していなかったことや、肺炎の治療中にADLがさらに増悪したことが原因であった可能性が高いと考える。さらにその間の認知機能の低下が重なれば、なお治療に難渋することとなる。高齢者の嚥下障害の治療は、呼吸、姿勢、認知といった多方面からのアプローチが重要であり、本症例のように医師だけでなく、看護師、理学療法士、言語聴覚士などによる協力が不可欠といえる。
西山耕一郎、高齢者の嚥下障害診療メソッド、東京、中外医学社、2014