5年ぐらい前から就寝2時間後と4時間後にトイレで目が覚めるようになった。2-3年前からは日中でもトイレが近く(昼間に10回程度)、最近は我慢できずに尿を少し漏らすことがあった。さらに下腹部に不快感もあり、以前のような尿の勢いがなくなった。今回、かぜを引いてかかりつけの内科医を受診した。薬を処方してもらい内服したらさらに尿が出にくくなってしまったため、内科医から当院泌尿器科外来を紹介され、受診した。
<一般身体所見>
痩せ形中背でバイタルサインは正常。胸腹部に理学的異常所見なし。
神経学的異常所見なし。
<国際前立腺症状スコア:IPSS(0~35点)>
問診により、かぜ薬を飲む前の蓄尿症状スコア(0-15)は8点、排尿症状スコア(0-15)は8点、排尿後スコア(0-5点)は3点で合計IPSSは19点、QOLスコア(0-6点)は4点で中等症の下部尿路症状が存在すると判断した。
<尿検査>
尿中潜血(±)、タンパク(-)、糖(-)、ウロビリノーゲン(-)、pH 6.0。尿沈渣では赤血球は1-4/HPF(強拡大)、白血球は5-9/HPF、上皮(±)、結晶(-)。
<血液検査>
生化学検査では血清クレアチニン値が1.2mg/dlとやや高値以外は血算も含め、正常。
血清PSA(前立腺特異抗原)値は5.6ng/mlとやや高値を示した(正常値は4ng/ml以下)
<直腸内触診>
大きさは超くるみ大、硬さは弾性軟、中心溝も触知できた。
<前立腺超音波検査>
経腹的エコーでは前立腺推定体積は40ccに腫大していた。経直腸的エコーで移行領域の腫大を認めたが辺縁境域に低エコー域は認めなかった。
<尿流測定>
最大尿流率は5.6ml/秒、残尿70cc。
自覚症状、他覚所見から中等症の前立腺肥大症と診断した。血清PSA(前立腺特異抗原)値は5.6ng/mlとやや高値を示したが、直腸内触診、経直腸的前立腺エコーで明らかな前立腺癌所見は認めなかった。
かぜ薬を中止して交感神経α1受容体遮断薬を投与した。内服開始3日後には排尿症状が改善し、1ヶ月後には蓄尿症状も軽減した。3ヶ月後の血清PSA値は2.8ng/mlと正常化した。
前立腺肥大は腺成分と間質(特に平滑筋)成分組織の過形成である。組織学的過形成を認める患者の約半数(50-60歳代の25%、80歳以上の50%)に肉眼的結節を認め、排尿障害(下部尿路症状)が出現し、臨床的に前立腺肥大症と診断される。
下部尿路症状は蓄尿症状(昼間・夜間頻尿、尿意切迫感、切迫性尿失禁など)、排尿症状(尿勢低下、尿線途絶、排尿遅延、腹圧排尿など)、排尿後症状(残尿感、排尿後滴下)に分けられるが、前立腺肥大症の初期には排尿症状よりも頻尿などの蓄尿症状、とくに夜間頻尿を訴えることが多い。
診断の基本は重症度判定と前立腺癌の鑑別である。重症度判定は問診による国際前立腺症状スコア(IPSS)・QOLスコア、尿流測定(最大尿流率・残尿量)、超音波検査(前立腺の大きさを測定)で行う。国際前立腺症状スコアが7点以下、QOLスコアが1点以下、最大尿流率が15ml/秒以上、残尿が50ml以下、前立腺体積が20㏄以下は軽症である。前立腺癌との鑑別には直腸内触診、経直腸的前立腺超音波検査、血清PSA(前立腺特異抗原)測定が有用であるが、どれかひとつでも異常がある場合は(超音波下経直腸的)前立腺針生検を行い、病理診断を行う必要がある。
前立腺肥大症は良性疾患であるため、すべての症例に対して治療をする必要はない。重症度判定をもとに治療方法を選択する。軽症の場合は経過観察してもよい。中等症、重症の症例では薬物療法、尿道ステント・高温度療法などの低侵襲な治療、経尿道的前立腺切除術などの手術療法(開腹手術はまれ)の中から、治療方法の損失を検討して患者自身に選んでもらう。尿閉で膀胱留置カテーテル抜去が困難な場合、繰り返す尿路感染・血尿がある場合、腎機能障害を伴う場合、膀胱結石・大きな膀胱憩室を伴う場合は手術療法の絶対的適応である。