生来健康。1ヶ月前の健康診断で尿潜血を指摘された。近医で膀胱炎と診断され、数日間抗生剤を内服。しかし、微熱が出現し、倦怠感、労作時の息切れが続くようになり、この間4kg体重が減少。3日前から右手先がしびれるようになって、缶やペットボトルのキャップを自力で開けられなくなった。近医の整形外科で頚椎レントゲンを撮影したが異常はなかった。さらに左足にしびれも出現したため、当院救急外来を受診した。
<一般身体所見>
体温37.9℃、血圧150/96mmHg。安静時酸素飽和度98%。
聴診にて背側肺底部に吸気時の乾性ラ音を聴取。心雑音なし。腹部異常なし。
右手の第3〜5指に異常感覚(持続的しびれ)があったが、麻痺なし。皮診なし。
〈血液検査〉
白血球上昇、CRP高値、MPO-ANCA陽性
クレアチニン2.1mg/dlと腎機能障害あり(1ヶ月前 健診時 0.9mg/dl)
〈尿検査〉蛋白陽性、潜血陽性。沈渣で赤血球円柱、顆粒円柱多数あり
〈血液培養〉陰性
〈画像検査〉
胸部X線:両側下肺野に網状影
胸部CT:両側の下葉の胸膜直下と横隔膜直上にすりガラス陰影とのう胞性変化
頭部MRI:明らかな異常なし
〈腎生検〉複数の糸球体に半月体形成と係蹄壁の破壊
〈神経伝導速度〉右尺骨神経と左脛骨神経に知覚神経の伝導障害あり。
この1ヶ月間、多彩な症状が出現し、抗菌薬でも改善しない発熱が持続していた。急速に進行する腎機能障害の精査として施行した腎生検で糸球体病変を認め、間質性肺病変、MPO-ANCA陽性と合わせ顕微鏡的多発血管炎と診断した。感覚障害については頭蓋内病変や頸椎症は画像所見より否定され、末梢神経伝導速の所見から血管炎による末梢神経障害、多発性単神経炎に矛盾しなかった。
診断確定後に振り返ると、本例の症状、臨床経過は典型的と言える。しかし、典型例であっても経過中には病変が全身に分布し、多彩な症状を呈するため、診療科を転々とし、なかなか確定診断に至らないケース、あるいは間質性肺病変、腎病変、末梢神経病変が別々の原因によると考えられて治療されているケースもある。他の膠原病や血管炎も鑑別にあがるが、臨床的には肺病変、腎病変などそれぞれの病変で鑑別診断を検討する必要がある。
薬物療法としてステロイド大量療法と、強力な免疫抑制剤であるシクロホスファミドの間欠的静注療法の併用を開始した。
【MPAの特徴的な症状と検査所見】
高度の炎症による消耗症状(発熱、倦怠感、体重減少など)があり、間質性肺病変、クレアチニン上昇や尿の異常所見を伴う腎病変が主病変である。さらに、末梢神経障害(典型的には多発単神経炎)、皮膚症状、消化管出血など多彩な症状がみられる。血管炎は傷害される血管のサイズ(大・中・小血管)によって分類され、本症は「顕微鏡」で確認できる小血管に病変が存在する。診断には病理組織学的所見が重要だが、疾患特異的なMPO- ANCA(抗好中球細胞質抗体)陽性で肺、腎の特徴的臨床症状を備えていれば、組織所見がなくとも診断できる。検査の普及につれ、特に高齢者でANCA関連血管炎と診断される例が増えてきている。
【標準的な治療】
顕微鏡的多発血管炎の治療は障害臓器の重症度に応じて決定する。肺障害や腎障害など主要臓器障害を認める場合には、副腎皮質ステロイド薬と免疫抑制剤が標準的治療である。その後、病勢をみながらステロイドを減量していく。早期に治療が開始できればその反応は良好であるが、診断・治療開始が遅れた場合は、腎機能低下や末梢神経障害など臓器障害が残存する。
【診療における高齢者特有の対処】
高齢者の不明熱の原因として血管炎ではMPAが多い。MPAでは、心病変、消化器病変、腎機能高度低下、耳鼻咽喉科的症状の欠如とともに、高齢であることが5つの予後不良因子として挙げられる。
免疫抑制治療に伴い感染症が合併することが多く、死因にもつながることから、十分な対策が必要で、特に治療開始後6ヶ月は注意を要する。一度病勢が落ち着き、寛解に至った後もしばしば再燃することがあり、ステロイドや免疫抑制剤の薬剤調節を慎重に行う必要がある。また、消耗や入院での長期臥床でADLが低下してしまうことも少なくない。
【治療経過】
全身の炎症状態は改善され、寛解状態に入った。左下肢のしびれによる歩行困難や長期入院での筋力低下に対しては、積極的にリハビリを行い、機能障害はどうしても残ってしまうが、ADLの維持に努めた。