背部痛を主訴に来院した。3か月前からの左背部痛が徐々に増強している。臍上部に径約5cmの硬い腫瘤を触知する。腹部造影CTで膵尾部癌(stage Ⅳb)と診断され、ゲムシタビン、オキシコドン、腹腔神経叢ブロックを施行した。初診後、通常手術適応はないため,ゲムシタビンの抗癌化学療法を開始したが、本人が2回で拒否し、その後Best Supportive Careにて約半年で永眠した。
3か月前から背部痛が増強してきており(NRS:10/10),膵体尾部癌の膵後方浸潤,神経叢浸潤による症状が疑われる。
〈腹部造影CT〉
脾動脈,総肝動脈と接する膵体部腫瘤が認められる。造影効果の乏しい腫瘤であり,腹腔動脈周囲にまで浸潤している。肝臓、脾臓に転移を認める。
【診断】膵体尾部癌(StageⅣb)
【本症の治療方針】
① 全身化学療法
腹部造影CTで膵体尾部癌の膵後方浸潤,神経叢浸潤、肝臓転移、脾臓転移のため、切除不能進行膵癌では塩酸ゲムシタビンを用いた全身化学療法を行う。
② 膵頭十二指腸切除、膵体尾部切除
いずれも腫瘍径が大きく、肝、脾への遠隔転移があるため適応はない。
③ 放射線治療
遠隔転移のない場合,放射線治療は全身化学療法と併用で行われることがあるが、本症では適応はない。
【本人・家族の意思】
家に帰りたい、眠くなるのはいや、痛みで首が動かない、化学療法などの辛い治療をしたくない。表情は無表情で時々痛みのため苦悶様となる。「もう治らないのですか?」と聞く。
付き添いの娘も暗い表情で、介護のつらさと不眠を訴えている。
【本症のような「治癒の望めない患者」からの質問に対する応じ方】
がん患者では抑うつ気分や不安などの適応障害、うつ病などを含めると、80%に何らかの精神科病名がつくといわれるほど、全経過を通じてストレスは大きく、抑うつ気分や不安などの適応障害、うつ病などを含めると、80%に何らかの精神科病名がつくといわれます。メンタルケアにも充分、配慮する。
「もう治らないのですか?」と聞かれたら,まず「そのように思うのは病状に不安があるからですね。なぜそう思うのですか?」などと不安を表出できるように話をよく聞き,思うように症状が好転しない患者のいらだちに共感する。説明はできるだけ否定的な言葉を使わないように注意し,「よいとされる方法やできることは全て行うつもりです」と,治癒が望めなくても治療があることを患者と家族に伝える。
【内臓痛の管理(膵癌などの消化器がんや傍大動脈リンパ節転移による疼痛管理)】
本症のように消化器がんや傍大動脈リンパ節転移に伴う腹痛は主に内臓痛で、肝癌、膵癌、傍大動脈リンパ節転移などでみられることが多い。がんにより腸管などが拡張された結果、内臓感覚を伝える交感神経が刺激されて痛みが生じ、悪心、嘔吐、冷感などを伴うことが多い。関連痛により離れた部位に、帯状疱疹痛のような皮膚の痛みが生じることがある。消化管閉塞が起こると消化管が膨張・進展し、さらに悪心・嘔吐や痛みが増強する。
① オピオイド
一般に神経障害性疼痛に比べて内臓痛には、オピオイドが奏功するため、積極的に使用し、消化管閉塞が強い症例には、腸の動きの低下が少ないフェンタニルを選択する。
③ 神経ブロック療法
上腹部の癌性疼痛に対しては,持続硬膜外ブロックや腹腔神経叢ブロック(内臓神経ブロック)が有効である。
③酢酸オクトレオチド
オクトレオチドは、腸上皮細胞のソマトスタチン受容体に作用することで消化管液分泌を抑制し、消化管閉塞による悪心・嘔吐、腹部膨満などの消化器症状を緩和する。
④ 局所麻酔薬
局所麻酔であるリドカインは,癌性腹膜炎による腹痛に有効で、静注や皮下注を考慮する。内服ではメキシレチンで代用可能だが、前者より効果が劣り,胃腸障害の副作用のために処方する機会は少ない。
【膵癌治療のアルゴリズム】
膵がんは死亡者数は男女とも第5位(2009年)で増加傾向。
組織型は90%が浸潤性膵管癌で、その他に膵内分泌腫瘍、膵管内乳頭粘液性腫瘍、粘液性嚢胞腫瘍など。症状は、腹痛、黄疸、腰背部痛、体重減少、急激な糖尿病の発症/悪化。
予後は、手術不能局所進行例で8-12ヶ月、転移例では3-6ヶ月と予後不良。
井上大輔著:がん治療認定医試験対策予想/再現問題7版.医学評論社,東京,2014