前立腺癌、膀胱癌の手術歴あり。約1年前に、低血糖発作にて当院救急外来に受診歴あり。70歳時に2型糖尿病と診断され、近医より経口血糖降下薬を処方されていたが、度々低血糖様症状の自覚あり。HbA1cが3ヶ月間で7.3%から9.3%に上昇し、血糖コントロール不良と判断され、インスリン導入をしてほしいという依頼で当院に紹介となった。
〈一般身体所見〉
来院時、意識清明、自覚症状なし。身長155cm、体重45kg(最大55kg)、腹囲72cm、Body mass index (BMI) 18.7kg/m2。胸腹部に理学的異常所見なし。
明らかな麻痺や認知症症状を認めずADLは保たれているが、外出には家族の同伴が必要。インスリン自己注射は不可能ではないが、患者本人と家族は可能なら回避したいという希望あり。
〈血液検査〉
WBC 5200/μl, RBC 359×104/μl, Hb 10.8g/dl, Ht 32.2%, Plt 14.1×104/μl, AST 20 IU/l, ALT 10 IU/l, LDH 148 IU/l, ALP 173 IU/l, CK 110 IU/l, TP 6.6g/dl, Alb 3.7g/dl, BUN 18.4mg/dl, Cr 0.77mg/dl, CRP <0.02mg/dl, 随時血糖248mg/dl, HbA1c 9.0% (NGSP), 血中Cペプチド(CPR) 1.60ng/ml, 抗GAD抗体 <0.3U/ml, CEA 2.5ng/ml, CA19-9 28U/ml.
〈尿検査〉
尿糖(±), 尿蛋白(-), 尿ケトン(-), 尿潜血(-), 尿中アルブミン8.8mg/g・cre.
〈画像検査〉
心電図:正常洞調律、心拍数62/分、左室肥大なし、ST-T変化なし。
胸部X線写真:心胸郭比48%、肺うっ血なし。
心エコー図:左室肥大なし、左室駆出率65.7%、左室壁運動異常なし、弁膜症なし。
2型糖尿病:過去に2型糖尿病と診断されている場合でも、内因性インスリン分泌能の把握と緩徐進行1型糖尿病(SPIDDM)との鑑別が必要となる。本例では、血中CPRが1.60ng/mlと保たれており、抗GAD抗体が陰性のため、改めて2型糖尿病と診断した。
合併症の診断:糖尿病罹還暦は約13年であるが、糖尿病腎症、神経症は認めない。網膜症は未検。心血管系合併症は、心電図、胸部X線写真、心エコー図から、有意な疾患はなさそうである。
血糖コントロール悪化の要因:軽度貧血と軽度総蛋白・アルブミンの低下は、高齢者ではよく遭遇する所見であるが、消化器系悪性腫瘍は鑑別する必要がある。本例では、CEA、CA19-9は正常範囲内で消化器疾患は否定的であったが、かかりつけの泌尿器科にて、膀胱癌の再発と診断され、経尿道的治療が予定された。これは、血糖コントロール悪化の一因になった可能性がある。
紹介時処方:グリメピリド4mg 2x、ビルダグリプチン100mg 2x、ミグリトール150mg 3x、ピオグリタゾン15mg 1x
【治療方針】
紹介時に、既に高用量スルフォニルウレア(SU)薬を含む4種類の経口血糖降下薬を服用中。インスリン導入目的の紹介であったが、まず、低血糖回避のため、グリメピリドを1mg/月ずつ減量することとした。毎食のカロリーには気を配っているとのことだったが、問診の結果、元来かなり甘いもの好きで、間食で際限なく煎餅を食べる、黒砂糖をなめる、コーヒーに必ず砂糖を入れるという食習慣があり、これらが高血糖に大きく関与していると判断し、インスリンの導入を見送り、これらの食習慣の見直しから始めることとした。
【高齢者2型糖尿病の血糖コントロール目標】
食習慣の見直しにより、約1月後に空腹時血糖は148mg/dlに改善。HbA1cは8.9%と軽度の低下に留まったものの、SU薬の減量により低血糖の自覚症状が減少し治療効果は得られている。本例は、後期高齢者であり、現在まで高血糖に伴う合併症がみられないため、長期の合併症予防よりも低血糖の回避に主眼をおき、日本糖尿病学会が提唱する治療強化が困難な際の目標値、HbA1c 8.0%程度を目指した治療が適切と考えられる(図)。
【高齢者2型糖尿病の血糖コントロール目標】
食習慣の見直しにより、約1月後に空腹時血糖は148mg/dlに改善。HbA1cは8.9%と軽度の低下に留まったものの、SU薬の減量により低血糖の自覚症状が減少し治療効果は得られている。本例は、後期高齢者であり、現在まで高血糖に伴う合併症がみられないため、長期の合併症予防よりも低血糖の回避に主眼をおき、日本糖尿病学会が提唱する治療強化が困難な際の目標値、HbA1c 8.0%程度を目指した治療が適切と考えられる(図)。